小説書いてます。ボタニカル日記ほぼ毎週火曜日更新中です。

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今日は4章。

ボタニカル日記なのですが、かなりプライベートな小説です。物忘れがひどくなってきたのはもう随分前ですが小説になりそうな面白い人生だったことを書き留 めておこうと思います。恥ずかしいのでだれにでも読んでほしくありません。なのでそのうち有料マガジン格納にします。以下にほぼ毎週火曜日更新します。

ここからよめます!

以下に今日はおまけのまとめ!

序章〜3章まで

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ボタニカル日記
序章
シャワーカーテンに ついている水滴の1つが この宇宙だとしたら

13次元の部屋で フランスパンを薄く切り分けたものが
一つ一つ3次元と呼ばれるものなら
それぞれの3次元を行ったり来たりする何かがあるとしたら、
過去から未来へ流れていると思っていた時間が そうじゃなくて隣り合っていたら
この地球にはなぜ愛おしい植物があるのか?
葉っぱのデザインは なぜすべて最高に美しく完璧なのか?
水はなぜあんなに最高においしいのか?
水は宇宙人なのか?
人類はなぜ太古から花が好きななのか?
お墓に花を供えるのか?
この星にはなぜ雨がよく降るのか?

いつも、あるひとつのブラックホールのような1点に 向かって吸い込まれているような気がする
その点は私を強く引いている。その点の向こう側は
どんなところなんだろうと思うと
不思議だがワクワクも悲しくもない、色がない。
全く心が凪いでいくのがわかる。
そこはもしかしたら心のメーターはゼロなのかもしれない。
ではこちらは?反対側のこちらは心のボリュームはマイナスから最大までどこにでもいける世界なのかな?

2016年10月私は日記を書きはじめた。

1章 アボガト マスカルポーネ 1ダースずつ

1997年 東京 参宮橋駅 前商店街 巨体のチーズ屋さん(20年もたっているので、名前が思い出せない。???ピョン ウルピョンだ!イタリアの輸入業者だといっていた、だから本 場のマスカルポーネを格安でしかもダース買いでしか買えないけど、あるよと彼はとてもうれしそうにいった。彼とは酒天堂という渋谷の飲み屋で毎日顔をあわ せていたけれど何をしてるのかは訊いたことがなかった。そこでは私は地球が宇宙船だったら最初の共同乗組員ともよべる男とも会った。私はその後、彼とこの 地球に「息子」と呼ばれる導師をアンドロメダから連れてきた。らしい。導師はアンドロメダから自転車に乗ってきたと私にお腹の中から話しかけた。共同乗組 員は男性だったが手がとても美しく、出会ったころ私はよくその白魚のような指に指輪を買ってあげたくなった。彼は飲み屋で毎日会うメンバーのウルピョンに ついてこういっていた。「とても温厚で大人しいけど、絶対に彼とは喧嘩したくないよ。絶対彼は最強。身体が大きいから。」それを聴いて巨体というのはそん なに強いのか?!意外。と思ったのを覚えている。喧嘩は心だと思っていたけれど、物理的な要因が大きいのかとビックリしたのだ。)からマスカルポーネ1 ダースわけてもらった日 アボカドも1ダース買ってしまった。アボカドはダイエットにいいと聞いたし、味が大好きだから。酒天堂でアボカドを縦に2つに割 り、種を取り出して、その種の穴に酢醤油をたらしたお通しがあって大好物だった。穴のところからスプーンで穴を広げながら食べていくのもとても気に入って いた。数日後から参宮橋商店街の小さな八百屋さんにアボガドの姿を見かけるようになった。ずっと気になっていた。マスカルポーネは脂肪分が多く香りのよい 生クリームのすでに泡たててあるので、もうたてなくてもよいとう便利なおいしいもので、でも確実に禁断の食べ物のような気がしてた、同じかおりのするリ コッタチーズ(脂肪分がすくない)にすればいいのだけど、その時はマスカルポーネ1ダースの誘惑に勝てなかった。要するに身体によいといわれる畑のバター においしい上に便利な生クリーム。すごい眺めだった。大物量。禁断の味覚として相反するものがそれぞれ1ダースずつ。。せめて半ダースにすればよかっ た。。。。フィーリングカップル五対五ごっこも2組できるし、その気になればサッカーごっこもできる。しかし、そもそも いつも何かに悪いような気がして るこの思考のパターン。例えば、すごく痩せているのに自分は太っているのでダメだとか。。そのころから ずっと私は今の自分を許せてなかった。。許せ る?!重々しい言葉だ。だれが誰を赦すのか?冷静になるとちゃんちゃらおかしい。今思うと本気で太っていると悩んでいた頃は全然太っている体重ではなかっ た。今に比べるとガリガリといってもよい体重だったのに太っていると悩んでいたなんて今過去に戻って教えてあげたいくらいだけど、しかしどう話したらつた わるんだろうか?(一体女の子は冷静になるのは いつだっていうんだろうか?)膜宇宙論の世界。今が無数にあるとしても、私には目の前の今しかなくて、今 の自分が嫌いで赦せないなんて悲しいことだ。ウルピョンと友達になった酒天堂は渋谷の駅のガードの横にあるのんべい横町の中にあり、ハルちゃんという雇わ れ店長?がいた。のんべい横町はその頃よく一緒に仕事?していた森さんが鶏肉が食べれない私を無理矢理ここなら食べれるから!と連れていてってくれて、と ても感動の体験をした鳥重という素晴らしい焼き鳥屋さん(私は鳥重を渋谷のアトラクションのスターツアーズと呼んでいた。理由はまた後日書くね)に連れて 行ってくれた後に連れて行ってくれた店だった。その日からほぼ毎晩参宮橋から渋谷まで散歩を兼ねて通い出した。学校が終わったあとの部活の部室にいく感じ だった。いつも同じメンバーがいた。ハルちゃんがアボガドのお通しをつくってくれている人で、彼のことをすごく好きな色んな人が毎晩やってきていた。共同 乗組員もウルピョンもたぶんわたしもハルちゃんが大好きだったはず。アボガドはあまり問題にならなかった。しかしマスカルポーネは難しかった。最初はすご くおいしかった。。でもさすがの私にも限界があった。マスカルポーネは半ダースすぐに冷凍庫にいれられた。消費期限というものがある。冷凍されたマスル ポーネはとびきり美味しいものではなくなった。ハルちゃんは二の腕が豊満で一緒に酒がたくさんのめる女性が好きだといっていていた。そのとおりの人が現れ て、彼は鉄とオイルという猫をつれてドイツに旅立った。ドイツに行く前、一度彼らと彼らの素敵な自宅でワインを一緒に飲んだが、ワインをボトルで1ダース 飲みそうな勢いが二人にはあった。楽しいお酒を毎晩飲んでいるといっていた。幸せそうなカップルはそれだけで豊かで世界に貢献している。その点は女の子の 笑顔に似ているが、カップルが仲良くやるには、女の子が笑顔をつくるほど簡単なことではないとなんとなく思っていた。だから、とても何か与えられた気がし た。

2章アスターレッド

2016 年10/24 鹿児島の実家でとうとうアスターレッドのお皿を割ってしまった。。。。ちょうど一ヶ月前私は久しぶりに本当の名前が変わった。そのせいだろうか?2005 年頃私たちはmixiというSNSに夢中だった。冷静になるとおかしいくらいの熱狂だったと思う。本当に楽しかった。あれは一種の祭りだったのかもしれな い。土の中というのは上から下へ階層があってそれぞれの階層で住んでいる菌が違うんだそうです。普段層ごとに交わりはほとんどないけれど、お互いがないと 自分も存在できないような関係。非常にうまくいっている。でも耕すとそれがぐちゃぐちゃになる。色んな出会いが興る。人間の世界も似ていて、普段は決まっ た人にしか会えないけど、祭りには色んな人に出会う。いつからか、私はそのmixiのTOP画を北欧のお皿 アスターレッドというお皿の写真にしていた。 どうしてかもう覚えていないけれど、白地に赤いアスターの花などをあしらったその皿の写真は私の心をわしづかみにしていた、ずいぶん長い間。。いやいやそ う言うとそれは過去形に聴こえるけど今もずっと心を奪われているのは確かだ。2012年福岡でとうとうその現物を4枚(取り皿)大皿(26cm) 珈琲カップ&ソーサーを手にいれた。買う時はこれが清水寺から落ちる覚悟だ!と思う位ドキドキしたけれど(私には高価な買物だった)それはすぐさま正解 だったと思えた。まず大事すぎて、使うとすぐ洗って棚にしまいたくなる。そんなことは初めてだった。だから、食器洗うのが嫌いな人にはそういう解決法もあ るということを声を大にして伝えたい!(笑)それ位私の生活の一部になっていて毎日使わない日はない。子どものころから、お寺の仏壇の縁取りやふすまの取 手や本の意匠やテキスタイルなどのデザインが大好きな私だったが、それからお皿のデザインにも更に傾倒していった。ようするに使うものデザインが好きなな のね?!北欧のお皿のデザインはポップなのに毎日使っていても飽きない。それが本当に素晴らしい。植物などがモチーフになることが多いけれど、その周りの 空気や思考まで写しとられているような気がする。毎日アスターレッドを使っているがこんなにご寵愛が長いことはなかった。たぶん死ぬまでつかうんだろう なぁ。。サヨナラは考えられない、それは調度私のしたの名前のように。でも名前よりも大好きだけど。アスターレッドを使うと正確にいうとみると私の魂のテ ンションがあがるのです。。ご機嫌になる。お皿のおかげで本物のアスターレッド(お花)も大好きになった。ジプシーのように点々と住まいを変える私の心の 中にはお気にいりの植物を集めているお庭があって宿根のアスターレッドもある時からそのお庭に植えられている。ほかは白いコブシ、この話は長くなるのでま だ別の機会に。赤が好きなんです。赤くて丸いもの。苺とか。大好き。これはもう理屈ではないのです。自分の中の女の子を正直に認めた頃からその事に気がつ いた気がする。そういえば初めて彼とよべる人ができたころ、デニーズの苺パフェの大型ポスターに心をズキュンされたような記憶がある。自分が女性であるこ とを認識すると赤くて丸いものが好きになるのだろうか?人間は?私は?あなたはどう?2008年3月吉祥寺、彼は赤いパタゴニアの携帯ウインドブレーカー (小さくなるやつ)をきて自転車に乗って私の世界に現れた。今でもそれはスローモーションのように私の脳内で何度も何度も回遊する映像だ。mixiがな かったら、絶対に会えなかった人だと思う。いや、なくても会う運命だったかも。。今回私の名前が変わったのはその人に起因する。2016年10/26 実家で両親はアスターレッドのカップ&ソーサーでいれたセラフの珈琲がたいそう気に入ったらしく、私は毎朝両親のために心をこめて珈琲を入れてい る。二人がアスターレッドをもつ姿はまたたいそう素敵だ。入来の実家の庭の小さな畑に私はセロリの苗を植え、レタスミックスの種を2種類まいた。1種類は 次の日には芽をだした。セロリも今のところ大丈夫。私は今アスターレッドの宿根の苗を探している。北欧ではアスターレッドはどんなふうにたたずんでいるの だろうか?鹿児島ではスーパーの仏花の横によく並んでいる。とても平凡な切り花だ。

3章ちびという貴婦人の猫とタロというダンディな紳士の猫又について

ち びという猫と暮らしていた。正確にいうと暮らしていただいていた。彼女はとても気品があって特に人との距離感のとり方が最高だった。綱島に暮らしていた私 はある日イトーヨーカ堂(の御曹司よたろうさんのバンド、メトロファルスのライブをこの後よく見にいくことになった)の伝言コーナーで 飼い主のおばあさ んが死んで、保健所送りになりそうな老描を飼わないか?という張り紙をみた。このままではその猫には死しかないという張り紙に涙して つい電話していた。 ちびは典型的な福猫だった。やってきた日に押入れから1万円出てきた。3日後にCDつくろうとムーンライダースのOさんから電話がかかってきた。私はうた うことを一生やっていこうと思っていたところで、好きな歌手と嫌いな歌手の違いに人との距離感が心地よい歌手が好きだと感じはじめていて、「距離感」とい う概念を明確に意識しはじめていた。二十歳そこそこの私は本当に人との距離感に悩むことが多かった。特に女性とうまくいかなかった。やさしく言ったつもり でも馴れ馴れしく感じられてうとまれたり、そんなに強く言ったつもりのない言葉に酷く反応されて絶交されたり、本当に人づきあいには疲れていた。そんな時 にちびがやってきた。彼女の私の扱いは完璧だった。付かず離れず。いつも心地よい空間を瞬時につくってくれて私はとてもくつろいだ。ある時、気がついた彼 女のように人とつき合えばいいのかも!と。それから私はすこし人と付き合うのがうまくなった。気がする。正確にいうとうまくはなったってないけど、ぎこち なさは消えて、自然に振る舞えるようになっただけかもしれないけれど、あまり疲れはしなくなった。彼女とうまくいっているので人間とうまくいかなくても平 気になっただけなのかもしれない。。それ位私は彼女を人生の師匠として敬愛していた。心を鷲掴みにされたのは風邪をひいたときだった。いつもはクールな彼 女が3日ほど風邪で寝込んだ私に何をしたかというと。臥せっている私から3日間ピタッとはなれなかったのだ。これには参った。メロメロになった。そのこと を猫好きの友人に話すと「猫派の人はみんなそれにやられて犬より猫になるのよねぇ。。」という。ある猫の生体本にはそれについては餌をくれる大きな猫(人 間)が元気でないと困るので寄り添うとか?!なんとかすこし意地悪なことが描かれていて、さらに寄り添いながら猫は「こいつ死んだら食えるのかなぁ?」と 思っているとか、誰かに言われて、愕然とした冬の夜に アラジンのストーブの青い焔を見ていたら、ふと「ちびなら 死後食べられてもいいかも!」と思い、 膝の上のちびをなでていると突然唇を伝ってうたがでてきた。生涯なんどもうたうことになる感動のうただ。それは八代亜紀の舟歌の替え歌だった。ちびの目を 見つめながらうたう 「肴は炙ったチビでいい。(ちびはあくびをした)肴は炙ったチビでいい。(くつろいでいる)肴は炙ったチビでいい。肴は炙ったチビで いい。肴は炙ったチビでい〜〜〜い。肴は炙ったチビでいい〜〜。肴は炙ったチビでいい〜〜〜。肴は炙ったチビでい〜〜〜い。(ちびは喜んでいる!) 沖の カモメに♩〜〜  (喜んでいる気がしたけどあまり気にしていない)」あれからチビと死別して悲しすぎて、もちろんもう他の猫とは暮らせないし、この歌も うたえないと思っていた私だったけれど、17年後(その間 猫とはとても暮らせなかった) 私は運命の出会いをしてタロという石原裕次郎に似た喫茶店(鹿 屋のマドリッドカフェ)の看板猫にゾッコンになってしまい、壱年間通いつめた冬のある夕方 2014年10/26にタロは一人暮らしの暗い家に帰るのは嫌 だからお前の家につれていけと私の車のドアの前に立った。車に乗せてくれといった。タロは静かに自ら自分で車にのりこんで、私の家にやってきた。本当に私 はタロに選ばれたようだ。タロは並の猫ではない(私の人生で出会った猫との比較)まず、当時20歳をこえていた。人間にすると100歳ぐらいだそうだ。だ から、猫というより、人間というより、猫又。人間の話していることがすべてわかる。その場の主にすぐになる。主役だ。さらに場面の中心に常に陣取る。でも 嫌みではない。すべて自然。紳士なのに赤ちゃんのように甘えてくる。母曰く。引っ付きマンだそうだ。凄い能力だと思う。カメラをむけるとシャッター音にあ わせて細かくポーズを替えてくれる。タロは宮田家の子だった。おばあちゃんが施設にいったあと、一人暮らしの世話を通いでしていたのは宮田家のあんちゃん だ。私の名前と薩摩川内市から鹿屋にやってきたことを伝えるとあんちゃんは言った。「タロも薩摩川内市から鹿屋に引っ越してきたんです。大地震(宮之城の 高校の一階がつぶれた)を被災したあと鹿屋にやってきたから、それから水引の岩下さんからタロはもらったんです。」私はびっくりした。水引はうちのじい ちゃんの出だと聞かさせれたことを思い出したのだ。「運命」心の中でそう思った。運命は不思議にみえるけど、必然。だれかの筋書きどうり。なぜか陸の孤島 鹿屋で出会ってしまった。タロと私。どうやらご先祖さま絡み。今私はタロにうたっている「肴は炙ったタロでいい。〜    」タロはダンディな紳士でうた う私の声が大好きな気がしてる。たぶん声で選ばれたんだよとうちの大きい連れは言った。お互いにつもり同士かもしれないけれど、宇宙の果ての深遠にふれて いるような気がする。タロを膝に乗せて撫でていると。むしろ食べられたい。食べてほしい。恐怖や憎しみの対象は実は食べられないのかもしれないし、食べて ほしくないのかもしれない。 チビは毛を吐き出すために定期的に猫草を食べていた。あの茅のような植物はなんという名前なんだろう?

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